美を愛した男と美に目覚めた娘に響いた鐘の音
「春の鐘」
立原正秋 著
文と写真/エッセイスト中田紀子
 大和西大寺の駅近くのマンションに階を違えて住む中年の美術館長鳴海と、一度は嫁いだこともある、古風で和服の似合う娘、多恵。
 二人の間には美に憧れる共通点があった。その美とは古いものに対する懐古の美であり、美食という名の美でもあった。
 西大寺を拠点に不退寺、法華寺など古都の寺々巡り歩き、それぞれに美の原点を確かめ合う。二人は互いに心に持つ、葛藤と慈しみあう内に、揺れる心は次第に確かなものになっていく。

唐招提寺の蓮に思いを託して

 薬師寺に誓い西ノ京駅から北へ、茶店や古美術品を並べる店が点在する細い道を行くと、十分余りで唐招提寺の土塀に突き当たる。
 南門に入った瞬間に目をとらえたのは、天平の甍(いらか)を載せた大屋根。無数の瓦は、わだかまりなく天に向かって伸び上がり、左右の鵄尾(しび)は空に跳ねていた。飾り気のない金堂は白砂の敷き詰めた境内に端然として建つ。
 東洋の美術と歴史に造形の深い鳴海は、自分の手元にきた多恵を、奈良や京都の古社寺へ連れ歩き、建物や仏像の美しさを教えた。
 鳴海は唐招提寺の講堂を前にして、多恵に欧州に渡ったことのある友人に例え、「僕の友人の話をしてあげよう。…彼はヨーロッパにかぶれ、ヨーロッパにまいっていた。そして二十代の後半にヨーロッパに一年間留学した。僕がみたところでは、彼はヨーロッパを正確に視てきた。彼が帰国したとき、故国のどこを再訪したいかというと、この奈良だった。彼はそのとき、はっきりと、ヨーロッパを対象化することが出来たのだな。あのとき唐招提寺はどこまでも美しかった、……彼はそのときから東洋に回帰していった」と語りかける。
 千年もの昔、波浪のうず巻く大海を渡り、唐の国から来た盲目の僧が住まいし寺、唐招提寺。
 多恵ならずとも調和の取れた建物に心うばわれる。金堂の八本の柱、ひとつひとつは、中ほどがわずかにふくらんでいる。柱の間隔は外側に行くにつれてわずかずつ狭くなり、建物の安定感を増す。
鑑真(がんじん)という高潔な僧が信仰の永遠を信じることで、この唐招提寺は生まれた。金堂裏手にある講堂は、平城京にあった朝堂院を鑑真のため移築したもので、歴史的にも奈良に都のあったころから今に伝わる大きな贈り物。
 二人は、古い寺々を巡り歩くうちに、親密さを加える。やがて館長と預かった娘という立場から、男と女の関係になっていく。
千年前の蓮の花を咲かせたことでも有名な唐招提寺。多恵が蓮に思いを託したように、蓮の花に思いを託すことは今も昔も変わりがない。
 妻子のある男と魂の交わりを持つに至った多恵は寺の蓮の花に思いを託し、今はすべてを忘れこの男と一蓮托生になろうと思うのであった。

心を惑わす秋篠寺の天女

 西大寺の駅から商店街を抜け競輪場の前を左手に取る。観光バスの駐車場から少し西に行けば秋篠寺の南門。この間十五分ほどだ。参堂を覆うように両側は広葉樹が生い茂り、陽の届かぬ地面はビロードの苔に覆われている。受け付けのある小さな門をくぐれば、本堂前の白砂の広い庭。
 白壁に黒褐色の柱と格子窓だけの簡素なたたずまいの本堂。内陣には須弥壇(しゅみだん)の上に薬師三尊、さらにその両端には伎芸天(ぎげいてん)と帝釈天(たいしゃくてん)が白壁を背に静かに立つ。控えめな照明に浮かぶ仏たち。華美とはほど遠く、清冽な霊気が満ちる。
 本尊の前の閉じられた扉を背に椅子がある。季節を問わず、心ゆくまで座して仏様と対面する時間は私の最も好きなひとときである。
 鳴海は多恵に指し示しながら伎芸天について述べる「目もとが涼しい。色っぽいが、しかしよくみると、天平末期の幽愁を秘めている。若い頃、僕はこのほとけさまに恋をしたことがあった」肉づきの良いお姿。腰をわずかにひねり、目もとを細め口もとには笑みを浮かべている。美しい、仏様にしては艶めかしい。何人の男がこの愛らしい天女に恋をしてきただろう。女でも憧れ、見ほれてしまう。秋篠寺は柔らかで清楚な女性好みの寺といえる。
 奈良時代の創建当時は金堂に講堂、五重塔もある堂々とした寺であった。1135(保延元年)の戦火で講堂を残して灰燼(かいじん)にきした。かろうじて残った講堂も荒れるに任せ見る影もなくなっていく。戦後間もない荒れ寺のころは雨漏りがして、伎芸天は雨傘をさし、天井から落ちるしずくを防いでいたという。

春の鐘が伝えたのは

 西大寺のマンションの一室で二人だけに聞こえた鐘の音は、初めは不吉な鐘であった。聞こえた鐘の音は、何を伝えようとしたのか。
 鳴海は、東京にいる妻にはあいそをつかしはしたが、二人の子供の父親であることを放棄するまでの決心がつかないまま、多恵との関係を深めていく。自ら家を飛び出し、多恵に復縁を迫る松阪にいた元の夫。東京から突然やって来た鳴海の妻の危険な行為と、小説はスリラーめいて展開する。
 年の暮れも迫るころ、鳴海はマンションを出て、秋篠寺の近くに二人のための居を構える。
 「春なれば今ひととき生きんとして……。法隆寺で友人の歌に託されたように、あなたといっしょに年を越しましたので、いま一年、あなたに従いて行きたいと思います」と、多恵は決心を伝えた。二人が最後の聞いた鐘の音は、危機が去り「春を告げる鐘」に変っていた。
●中田紀子(なかた・のりこ)奈良県在住。エッセイスト。新聞や雑誌に執筆。NHKラジオリポーター、文芸講座講師などを勤める


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